「A」さんの体験 【前世療法】
セッションのはじまりの頃、なかなか呼吸に集中することができず、中野先生の言葉に着いていくのがやっとで、おっとっとドア開けないと、えっと前に進むのね、など出遅れていることに焦りっぱなしでした。最初は白いもやもやのトンネルの中から出られなくて、出ても朝霧の森の中を浮遊しているだけで、上手くいかないのかな?と落胆気味でした。別の場面へ飛ばしてもらい、その時のベルの音が心地よくて、気がつくと、祖父母の眠る菩提寺とお墓にいて、魂だけで漂っている感じでした。
そこは何年か前に訪れたときの現代の印象のままです。まだ時を飛び越えられないんだなあと思いつつ、お参りに行ったときの経緯を思い出してみると、以前、霊能者に「あなたはおじいさんのお墓参りに行くと人生が変わりますよ」と言われたことがあって、その言葉を聞いてから1年以上経って訪れたことをフッと思い出しました。
その場所にはそれ以上意味はないようだったので、また先生に時間を移動させてもらい、ベルの音を聞きおわると、私は空からなだらかな山並みを見下ろしていました。霊的な印象がある場所だなあと感じるのですが、どこだか良く分かりませんでした。 最初はアメリカのインディアンの居住地か何かかと思いました。
静かで時の流れがゆるやかな山の上で、何人かの人々が静かに暮らしているのが見えました。 皆同じ衣装を着ています。黄色い袈裟のようなもの。ここはチベットだと思いました。
次に寝室にいました。ひんやりしていて質素で清潔な狭い空間です。土間のようなところに、板だけで作ったような質素なベッドがあります。私は20代の男性の僧侶でした。外の木陰にいます。素足の美しい指が印象的でした。私は修行僧のようです。時代は不明です。この山の向こう側の下界では雑多な感情が渦巻き、紛争が絶えない様子があります。
何故そのようなことが起こるのかも、紛争により生じるものが悲しみであることも、解決するのはそれぞれの人々の心の持ちようであることも、私は理解しています。だとしたら、解決をするために、乗り出していけば良いのかも知れません。でも私は出かけません。その立場にないからです。人は自分の問題は自分で解決しなければいけません。渦中にいる者しかその問題の意味を見出せないのです。
私は淡々と規則正しく生きて、些細なことに喜びを感じその寺での一生を満喫しました。
わずかな穀物を口にし、小鳥のさえずりに耳を傾け、風を感じ、陽の光の暖かさに包まれ、生命の素晴らしさ、ただ生きることのみで良いのだ、ほんのわずかなことを感じられるだけで良い、「点」の中に生命があり、真理がある。 こんな些細な小さな空間の小さな出来事の積み重ねの中にもしっかり真理がある。 シンプルな毎日にこれ以上も無い程の大きな幸福を味わいました。
私は歳で天寿を全うし、自分が死にゆくことも良く理解し、答えをしっかりと掴み、天上に昇りました。光の中で振り返ったときも、特に疑問はありませんでした。ところがハイヤーセルフの言葉は意外だったのです。
「味気ない」「真理の見つけ方は幾通りもあるのだ」。私は空の上から下を見下ろしました。金色の屋根のお城が見えます。森の中に光り輝いていました。とても清潔で美しいお城。
そこには多勢の人々が暮らしています。悲喜こもごもありながら、それは幸せな人々です。そしてその城にはその多勢の人々を掌握し、喜びを与え、悲しみを癒し、全てを采配している主がいました。
彼は光り輝く人間でした。フッと現在の自分の夫だとわかりました。わかった瞬間、私は体が熱くなり、涙が溢れて止め処なく流れ落ちました。自分の近くに、全く違う世界があった。あれも真実なのだ。
ハイヤーセルフの言葉、「味わうことが大切だ。美味しいものを沢山食べなさい、美しい衣装を身にまといなさい、美しい音楽に耳を傾け、美酒に酔いしれ、贅沢をしなさい。大切な人と、そして多勢の人たちと、味わいなさい。ただただ味わうのです。彼と一緒にいると、無欲な自分に欲求が出てくる。その欲求を満たしなさい。欲求を満たす中から真理を見出すことができる。あなたはやらなければならない仕事があるのではなく、あなたはこの世の生み出すあらゆる傑作を堪能すれば良いのです。キーワードは、「金」と「味わう」です。」
私はすっかり忘れていたのですが、数年前、祖父母のお墓参りをした半年後に夫と出会いました。先生の鳴らしたベルはチベッタン・ベルだったとセッションのあとに知りました。私はそのベルの音がとても懐かしく、そのベルの音を聞かなければ、チベットの僧侶だった前世を見ることはなかったのかもしれません。
私はこの前世を知らなくても、長い時間をかけて、一生の意味を理解したかも知れないです。 しかし、今きっと必要だったのです。出会いは必然ですから。
自分の使命は何か、何故生きているのかということに、出口の見えない悩みがあったのですが、今回セッションを受けたことによって、悩みは氷解しました。
これまで自分に起こった出来事の意味を理解でき、何もかもに感謝することができ、その時々の“味”を思い出すことができ、何者でもないつまらない自分をこれで良いのだ、素晴らしいのだと理解することができました。
これからは、自分に起こる出来事を素直に受け止め、考え込まずにそれらを味わうことができると思います。 味わうことは創る喜びを知ることに繋がるのでしょう。
自分が全てを作り出すことはできないはずですが、全てを味わうことはできるのかもしれません。時が経って、いつか何かを私は見つけることができるかもしれません。
ひょっとしたら、この世の成り立ちとか・・・。でもそれは先のことです。精一杯いろんなものを味わいます。 先生にガイドをしていただいて良かったです。ありがとうございました。
Aさんの誘導の後半は、あまりにも感動的な内容に、私も思わずもらい泣きしてしまったんですよ。。 こんなに素敵な前世体験の現場に立ち合わさせてもらって・・私のほうこそ感謝です。。 By 由紀子